キンケイドウ【Kinkeidou


あとがき

 今回、卒業制作を「辞書」にしたのは、二冊の本との出会いである。一冊はA・ビアスの『悪魔の辞典』(岩波書店)、もう一冊は赤瀬川原平の著書『新解さんの謎』(文藝春秋)である。
 

 『悪魔の辞典』はアメリカが急激な発展をとげ、莫大な富と権力を築いた時代の19世紀末〜20世紀初頭の作品である。当時のアメリカはキリスト教思想が支配する社会であったが、著しい科学の進歩で心霊現象の大半は嘘っぱちであると証明され、大量の超・合理的現実主義者を生み出した。その結果、モラルの低下と信仰の形骸化を招いた時代でもあった。

 法的には「誰もが平等」で、「言論の自由」を認められている昨今だが、実際はどうでもいいところで検閲に引っ掛かり、放送や出版が自粛される例が跡を絶たない。また社会生活を営む上で、「本音と建て前」の使い分けも「必要悪」とされる風潮に、少なからず息苦しさを感じている人、逆に「心にもないお世辞」や「表面的な親切・好意」を真に受けて、大恥をかいたり、心に深い傷を負った人もいることだろう。ビアスはそんな矛盾に満ちた世の中を見据え、人間の「善意の中に潜む悪意」を、「辞書」の形でズバリと指摘しているところが面白い。『悪魔の辞典』が長いこと支持され、読み継がれているのは、そんな現代社会の閉息感や、人間の不誠実な面を露悪的な文章で笑い飛ばさせてくれる点であろう。相当、皮肉たっぷりの言葉であるが、ある意味「人間の本質」を突いていると思う。読者に媚びない彼の姿勢は潔く、実に痛快である。

 21世紀になっても彼の精神は受け継がれ、昨年も講談社から『筒井版 悪魔の辞典<完全補注>』(税別2000円)が発売された。この本はあの有名な作家、筒井康隆氏の翻訳である。文章に訳者自身の「個性」が突出していながらも、これまで大幅に削除されていたビアスの詩も、忠実に再現されている力作である。なんと完成までに9年もの歳月を要したと言うから驚きである。新旧『悪魔の辞典』の読み較べもまた楽しいかもしれない。


 一方、『新解さんの謎』は三省堂の『新明解国語辞典』についての本である。本でも紹介されているように、この辞書は文体に独特のクセがあり、とても「個性的」で味わい深い。これらの本を読み、それまで無味簡潔な印象だった「辞書」が、それぞれ文章や編集方針に“個性”があることに気づき、さらに辞書を読むのが楽しくなった。そして辞書を読むだけでは飽き足らず、「私だったらどんな辞書を作るか?」と考え、制作したのが『20世紀のおさらい辞典』である。興味本位のマニアック度の高い内容となってしまったが、「20世紀にはこんなモノ(人・流行・文化)が存在していた」と報告する意味では、テーマを追究できたと思う。ただし完成したものは、自分でも不満足な仕上がりとなり、案の定、卒業制作の講評ではボロクソの評価であった。それでも無事、短大を卒業できたので、世の中なんとかなるものだ。
 しかし、あまりにもトホホな本(それが「自分の持ち味」なのかもしれないが…)で、自分でも嫌になってしまう。ここまで来たら、もはや開き直って、少しずつでも前進していくしかない。


 ところで世の中には、ご本人は全然!目立たないのに、著名人の友達が多い人がいる。山口尚芳氏も、そういう人物である。
あまりにも地味な風貌(失礼!)で名前も省略されていることから、当初「通訳」か、他のメンバー(岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、木戸孝允)の「秘書」かと思っていたが、意外や意外、かなり「凄い人」だったのである。激動の明治維新の中、(あのキャラの濃い新政府の要人の中で)順調に出世し、平穏無事な一生を過ごされた人って、案外貴重な存在なのではないだろうか?そういう意味でも彼は尊敬に値する「凄い人」であると思う。

(ミニコミ誌『ソレイケ』第2版の「あとがき」より・印刷代がないので未発行)

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